This world

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  This world  

昔、ここに一つの木が聳え立っていました。
その木は、一つで成り立っていませんでした。
数々の枝と、葉、それを支える土の恵み、恩恵。
強大に大地に降り立ったかのように見えるその木に纏うかのような大気。
年月が織り成していくその情景は犯しがたく、そして長くこの星のどこかにありました。
私たち人間が想像もつかないくらいの月日を経て、この世に君臨したのです。
青々と茂っている、その一つの緑樹は一つの命を、人が想像し得ないほどの眩しいものだったのかもしれません。
誰の目にも触れられずに、誰にも語られる事無く、その木は孤独に聳え立つ一つの象徴でした。
後の人たちは、この木をこう呼びました。
――世界樹、と。


気が遠くなるほどの時間が過ぎ去った頃、一人の青年が、旅路を歩んでいました。
彼は、世の中の全てのものから遠ざかり、瞳は暗くよどみ、自らを嘲笑っているかのように見えました。
彼は、酷く傷ついていました。
全身から、そして心からすべてが実在しえないものであるのだと、彼は発していました。
立ちはだかるかのように、そこに確かに存在しているその木がありました。
確かに、彼の行く手を遮っていたのです。
――すでに、彼はすべてを諦めていました。
ここで、自分は天に召されるのかと彼は思いました。
彼は笑っている事に気づきました。
彼は、自分の生きてきた年月を遡り、瞳に涙を溜めてこういいました。
――――俺にはもう何もない。いや、知っている。決して何もない事はありえない事だ。家族、友人、恋人、財産、地位、名誉・・・俺にはそれが何もないと言っている。
分かっている。捨てるものはある、俺の命だ。それは。
答える訳がない、そうだと分かっている。――此処にいるそなたは俺など到底及びもしない年月を経てきたのだろう。
どうなんだ、何をしていて生きたいと思うのか。
俺はここにいる。そなたは何を思うのか。せめて俺がここで命を絶つのを見届けてくれまいか。


大いなる木は、晴れ渡る空の下に佇んで、その一人の青年を眺めていました。
世界樹と呼ばれるその木の事を、その名前を、その青年は知りませんでした。
世界で最初に生まれた木だったのです。
人々は、その事を知りませんでしたが、そう名づけた人がいました。
その木が、強い意志を秘めているように見えたのかもしれません。
その木が、心を秘めていたのかは分かりません。
その青年の最後を、その木は見届けました。
その木は、何もする事が出来ませんでした。
青年は、救われようとは思っていませんでした。
いつかは終わりが来るのです。
始まりは、この木でした。

世界は青年の死など意に介さず、進んでいきました。
人々の技術は進化し、生きる知恵を学んでいきました。
同時に、木を取り囲む世界も広がっていきました。
始まりの気高い大地の象徴であるその木は繁栄していきました。
年月は重ねられ、人々は、人こそが世界を支配すると思っていきました。
同時に表裏一体となった繁栄の道と衰退の道をたどる事になるのです。

木は、すべてを見ていました。
何もそこに実在しないかのように、それでも存在しつづける様はこの世の全ての存在でした。
人々は、日々を戦っていました。
いずれ、日々を戦うことから目を背け、この星の恩に報いて戦い始めました。
世界で、人々は戦いつづけました。
自ら衰退を続けていきました。

木は、世界樹でありつづけました。
そして、何もいらなくなりました。
何もなくなりました。
荒廃を極めた現在には生という生が消えていきました。
木は、誰にも気づかれないうちにひとつ、年月を重ねて、唯一無二の存在としてありました。
人が決して近づく事のない所にありました。

世界の中心で、世界の始まりのその木は、その日すべてのものを吸収していきました。
生というすべてを糧にするように。
その木は、何を見せようとしているのか。
誰も知るよしがなかったのです。

その日、世界は散りました。

木は、世界樹でありつづけたのでした。


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