黄昏オデュッセイ

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  黄昏オデュッセイ  

まだ解き放たれない。






「ねぇ、妖精ってどこにいると思う?」

近づかなくとも、誰かは分かっていた。黄昏色の川べりに腰掛けた僕の後ろにそびえる大きな大きな黒い影。
川の流れは穏やかだった。暁を思わせるには早い時。その意に反すように彼女は唐突に現れた。
流れに反するがごとく。
時間はさして先程から進んでいない。
迸るような熱いものを漂わせて、彼女はそこに立っている。風がいたずらに弄んで、気持ちを覗こうとしているようにも見えた。
それだけで込み上げてくる。
何だろう。

「どこにいたらいいと思う?」

遊んでいるように、出来るだけなんでもないように僕は答えた。
彼女の光る靴が一瞬だけ光った。なんて眩しいんだろう。誰が、でもなくて。靴が、光が。
顔が見たい。と思った。
妖精の。
もしいるのなら、だけれど。

「救ってくれたらいいな。あなたの心の中にいて」
「それはどうして?」

僕は川べりの、あまりに宝石みたいなばかげた輝きを持っている光に対して笑った。
そこに重なる僕と彼女の、弄ばれたような硝子の心が割れたように、川へ唐突に流れた……気もした。
彼女の足が動いた。
煌く光。憧憬に瞬く光る靴。目を見張るような目の前の輝き。

「いるっていうのが前提なんだ。リリア」

ようやっと僕は何食わぬ顔で振り向く。上半身だけで彼女を見て、顔はみない。その程度に彼女を可愛がって、敬意を表して、彼女の大好きな聖なるものを否定してみた。
きれいなものは、僕はきらい。

リリアは眉根を寄せて僕を睨んでいた。
そんな顔も、かわいい。リリア。
何かを信じて、それが否定された時の彼女もかわいい。
彼女は僕を見ていない。遠くの、ずっととおくをみている。どこだろか。それは。

「ルインは見たことないの。見たことあったらそんなこと言わない」

リリアの金髪と蒼い目はどんどんガラス玉のようになっていった。
やっぱりきれいじゃない。
その方が人間みたい。生きてるんだよ。リリア。

「ないよ。そりゃね」

今生きているものを見てよ。リリア。
この黄昏も、世界だって生きてるよ。僕だって生きているよ。リリアだって、生きてるよ。
誰もかれもいきてる。
リリアは俯いた。ああ、泣いちゃうのかな。
また僕にそんなきれいなリリアを見せてくれるのかな。泣いてる雫は宝石みたいだね。
次第に暁色に染まる空の風、色をなさないガラスのような景色に映える慟哭。
今日はただ泣いているんじゃないと思った。聞いてやらなくちゃと思ったけどダメだった。
よく見ると、リリアは確かに雫を出して、命一杯悲しんでいるみたいだった。
水面に映っていた。
ないんだもの。現実はリリアに知ってもらいたい。

「リリア、よくみなよ」

どこにいるかなんて、もういるじゃないか。
そんなもの、どこにもいないといえばいないじゃないか。
僕に何の答えを求めているんだい?
分からないのかもしれないけれど。
リリアのしゃくりあげる声に、幼さが垣間見える事をどこか冷えた思考で認識していて、自身戸惑った。
ああ、何も求めていない。
僕に。
リリアは求めるからいけないんだ。
自分で手に入れなくちゃ。

「……ルインにはきっと何もないのかもしれないよ、ルイン」

しっかりした口調でリリアは驚くほど明瞭に、安堵していた。
意外そうに、そっと。
川べりに流されてどこかへ行ってしまいそうなリリアだったのに。
ダメだよ。夢見るきみでいてくれなきゃ。
苛烈なものを僕は読み取って、ゆっくりと僕は汗を握っていた。
リリアなんて。
そう思うのに。
どうしてもその先の言葉が出てこない。この感情は何、なんだ。

「あなたの心にいると思った、のに」

掠め取るように清らかでいて、君らしいと思ったよ。
瞬間に心に過ぎるのはその言葉だけで、その時に、何も飾らない美しさというものをいつも思い知らされる。
それも、リリアに。
おかしいな。きれいなものはきらいなはずだったのにな。
もっと泣かせてみたいと思うのはダメなのかな。
そうすればきれいな君の雫が舞い落ちてくるんだからね。
リリアは手のひらで命いっぱい隠して、幼さを隠していた。そのたびに金の絹糸も揺れた。
ああまた。眩しい。君の靴のように。
宝石のようだね。僕はきらい。

「きれいなものはリリアの心にすんでいるんだね」

次第に染まりゆく群青に思いを馳せて。
僕には、微笑が浮かんでいた。

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