その扉

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  その扉  

砂浜を行くような不安定な足どりを、本当の白い砂に埋めて、前を進む。そうすると足跡が出来ていく。それがあたしの痕跡。
どんな事にだって、必ず過去があり、昔があるのだと教えられる人は、一体誰だったのだろうか。
未来を見据えていく事が本来あるべき姿だということはきっと誰かに言われた事だ。
けれど、あたしはよく分からなかった。
あたしには、日々を重ねていく事だけで精一杯で、何を追い、何を目標とすればいいのか考える事もなかった。
あたしには、こうして日々を見つめて行く事を考えるだけ。

ふと落とした私の帽子を拾い上げて、波にさらわれそうになるのを私の手が救って、またあたしの跡がそれに続いた。
外はもう暗い。外国の夜は一人心細くて、どこかに連れて行かれそうな事を思うことがある。
一人だと言う事も、同時に思ってしまう。けれど、跡を見ると、一人じゃない。
一人のときは、そう思うことにした。
いつもいつも、跡が残るわけじゃない。その時は、未来を思うことにした。
その時は、決まって家の近くの海に来た。先の事を考えるのが疲れるから。
――海は好き。
身体を洗い流してくれるから。心が洗われる気がするから。
けれど、本当は、誰もいない。
それは、何を暗示しているのだろうか。
広大に広がっていく、至高のこの星の大地なのか。それとも、私の好きなこの蒼穹の海原だということか。
一人の進入も許さない、樹海の秘境だというのか。
受け入れるものは、なんだろうか。
自然と、帽子を握る手が震えた。帽子は、まっしろだ。
何も描かれていないしろ。内面を映し出さない白。
受け入れてくれる色だ。

「……きれい」

自然と言葉も漏れた。何もかも、美しかったらいいのに。
何もかも、忘れてしまって、この海にとけてしまえば楽なのに。
叶わない、相容れないものに惹かれてしまってどこかにいくのも、人間なのかもしれないと思ったときには必ず引き返せないほど惹かれた後だと気づくのも。
それも、誰かの足跡だったのなら一層美しい。
そんな未来なら考えてみてもいいのかと思って、探求の未来に思いを馳せた。
――あたしに、どんな未来がありますか。

あたしの、そんな問いかけにも返すものはない。今日のあたしは可笑しい。滑稽だ、だって。
返事なんて返ってくるわけないんだから。未来は与えられるものじゃない。作り出して、切り開いていくものだから。
これは誰からも教えられなかってことで、あたしの誇りだった。言ってみれば最後の砦だったのかもしれない。
幾人の者が問い、その内何人かの者が、未来に対する答えは出したのだろうか。
誰にも分からないであろう問いをあたしは焦がれて、そうやって日々を過ごしてどうなっていくのか考えるとどうにも笑えてしまう。
届かないものに焦がれてやまないのは誰だろうか。相容れないものに惹かれてしまうのは誰だろうか。
いずれ、見つけるときが来るのか。だとしたら楽しみだ。
潮は満ちて、月が海原に浮かぶように、あたしはその時を待ち望むだろう。
答えなんて、必要ない。待ち望んでいる時が一番輝ける時間なのだから。

「……やっぱり、今日おかしい」

膝を抱えるようにして座り込んだ。可笑しいのはあたしだ。
こんな事を考えているのは、きっと世界でただ一人あたしだけ。
口元に浮かんだ微笑が広がっていくのをただあたしは待って、ついにその時は訪れなかった。
待ち望んでいたのに。
心満たすものが、無くなったように思えて、虚が支配していく波が広がっていった、
沈んでいく、あたしが。
思わず、砂浜に身を委ねて、倒れこんだ。指先が弧を描くように黒く染まった、宇宙の宵闇のような今は暗い白い砂を掬うと、ただの純粋な砂に戻っていった。無生物に、何だか安堵する。
あたしの着ているワンピースにも砂が入り込んできていた。不快な気持ちは起こらない。これもあたしなんだと思えばいい。
受け入れればいい。全て。
――空が見えていた。全てをありのまま映し出す空が。
海と空は対極。
きっと海と空が交わっていく先には地平線があって、その先にもあたしがまだ見た事のない世界が広がっている。
その空は美しく、汚れのない純粋さを持って、あたし達を見下ろしていた。
そっと、手を触れる。あたしの扉へ。
そうすれば、きっとどの世界でも生きていける気がしていた。対極、黒い海。黒い空。
散りばめられた薄い水晶のように輝いている星は白。砂は、今は黒。
思いを馳せるあたしは影。光は海。今、どのくらいの位置にあたしはいるのか。どこへいくのか。

「それで、どこへ戻れるのかな……」

誰に語りかける事もなく、消えるあたしの言葉。
どこまでも黒い空を見つめた。
青い空は戻るかのように宵闇へ誘う。
闇の黒は、進むかのように蒼穹へ。

――海が好き。
海も、空と同じということを、今ここに来て思い出した。
流されていくあたしの心は、結局この海と同じだった。
明日から、何か探していこう。
たくさんの思いは重ねてきたはずなのに、崩れていってこのあたしの理想郷から動けないでいる。
どうか、このまま動かないで。
重ねてきた痕跡を思い出して。そうして、進んでいこう。
あたしというものがある限り。


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