見果てぬ国

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  見果てぬ国  

抗い屠る血を人間の、神聖だったはずの命で汚しあう現実にただ、今、私は立ち尽くしていた。
始まってしまえばいずれ終わるはずのもの、それすらも予感させぬ鎮魂歌さえも聞こえぬ程の荒廃。
伏せた私の目に映るこの景色に、一体何の意味があったというのだろうか。荒野に転がり虚ろな目で世を恨んでも、蒼い空を渇望しようとも、何も見えない。焦土と化した、天を突こうかというほどの人の、山。それを見ているだけの私。
これが、戦いだ。いや、戦いだった、と言うべきなのだろうか。

遠くに見えている、緑のきざはしが、赤く染まっていた。
私は、ただ立ち尽くしていた。
目の前に、一つの色しか私には移らない。焼き尽くすほどの眩暈を覚えるその光景と、かつてのこの国の境涯を重ね合わせると、自然と何かが込み上げてくるのだった。
私は、それでもただ立ち尽くしていた。
立ち尽くすことしかできない己の力を恨んだ。
焼け付く目の前に、ただ見えているものが、直接私に流れ込んでくる。急激過ぎて、私には、とても受け止めることができなかった。戦乱の中で、死んでいく事に疑問も浮かばない。
あの日々の中に没頭していくだけで、ただ何も出来ない事に涙を流しているだけだった。牢に囚われた白衣の囚人のように私は色のない世界を歩いた。私の傍にいる、人であらざるもの―すべてから、血の涙が出ていた。

『一人が望んで、それで?』

かの国から届く、私への言葉。
直接響く当てのない、私を惑わせるだけのその言葉に、いっそのこと消えてしまいたい感情に駆られる。
目の当たりにしても、涙など遠の昔に枯れ果てていた。
歩く当てすら――ない。

その資格も私には、ない。

この出来事は、確かに現実となって私に圧し掛かった。
全て、昨晩の事なのだった。私たちが崩れ行く様の一瞬は。
枯れたはずの涙を未練の如く流す、出来そこないの私の瞳からは、とめどなく感情が流れ落ちていった。








『明日に、ヴァルキリアを討つ』

何かを決意するかのように握り締めた拳を翳す青年を私は認めた。
宵闇に人の子一人見えぬ。遥かにおぼろげに映る月の光と相成る深い森が遠くで私の瞳と重なっていた。
自然という自然に囲まれた城から国を眺める青年の背後に控えた私は、心のどこかで何も考えないようにと、それだけを願っていた。

『・・・・・・それは、もうご自身でお決めになった事、なのでしょうか』

啄ばむように言葉が出た。内心では私は忠義を誓う一方、どこか反発する自分自身に気づいてさえいた。
それを表に出した瞬間、何かが壊れてしまいそうだった。
言う事が効かない足を、震える足を見ないように、私は。

『お前が言ったのではないか』

――あの国が、欲しいと。
悪魔のような囁きにも似た、それは甘い。
目を瞑った私には、何者も映し出す資格は無く、暗がりに怯え佇む一人の、無力な人間そのままだった。

彼は、思い上がっているのだと思った。
一国の王が、まだ王と呼ばれるようになって少しもたっていない目の前の青年が。
彼の瞳は、昔のそれではない。変わらないものなど、どこにもなかった。
それを、唐突にも思い知らされて私は愕然とした。



侵攻は、翌朝行われようとしていた。
部屋で私は崩れるように扉の前で膝を着いた。彼のあんな瞳は、私の知るところではなかった。
いつでも、彼は優しかった。
それが、敵国が攻めてくるとなると、一変した。優しかった彼の面影など遠に消えうせた。
いっそ、あれが幻だったのなら、それもいいだろう。
私にはどこかに行ってしまったのだと、思うほか無い。だとしたら、帰って来るのだ、彼が。
人は、酷く臆病なのだ。
それをひたかくしにして、大事に取っていて、それを隠そうとするだけなのだ。
彼も、結局は自分を守りたいだけなのだ。

――それで、国を守れるものか。

私は、釈然としないままこの国の兵力を思い出した。
5万の大軍、それが安全を約束していた、そう思っていた。





彼は、死んだ。
私も、死んでいる。
何が、彼を守ったのか、私は今まで何に守られてきたのだろうか。
燃えるように赤い光が情熱的に降り注いでも、私にはそれに応える意志の力ももう何もなかった。
終末の光だと、名を借りる事にした。

今日という日だけは、その輝かしいまでの純粋さを、血で汚すことを許しておくれ。

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