継承者

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  継承者  

私自身は、誇りで出来ているような女だ。







「お時間です」

静寂なるその空間に、私の側近の者の声は低く冴え渡った。
無言は、私の肯定だ。
必要以上の言葉を放つ事で、私の今の決意を鈍らせたくはなかった。
私は、目の前の光景の揺ぎ無さのようでありたかった。
風が吹かない。光だけが私を迎える。外の喧騒は未だ聞こえてこない。
花畑が見えていた。
光が、闇を生み出し、そして闇は。
闇は――何を生み出すのだろう。
目の前の男に訊くのは、相応しくないような気がしたし、自分自身に答えを出せない私は、何が違うのだろうと思った。
私の髪は結い上げられ、簪が添えられている。式典用に着飾られた私の目の前の花畑は、いつも通り平穏であり、今の国をあらわしているようであると私は考える。
そうであればいい、私は内心で呟いた。

「参りましょう」

私は、その男と同じく、低く呟いた。
ゆっくり、私は立ち上がる。
父が死んで、5年。
長かった。









父が死んだのは、私が10歳の時だった。降り続く雨が、印象的なその日だった。
私と、同じ眼をして、俯いていた。

『……父上?…』

返事がない。
私は、父の頬にゆっくりと手を添える。
冷たかった。
私は、雨の所為であると思った。
血に濡れた父の剣だけが鮮明に、私の翡翠色の瞳を映していた。
同じくらい俯いて、父がそこにいた。
私と、同じ瞳の色をしていて、暗黒色に染まって見えた。
力をなくした、王家の瞳をしていた。
………何の面影さえも、私は見出す事が出来なかった。



王家にしか伝わらぬ、はるか昔神に与えられる証というのもが存在した。
私の、この人知を超えた翡翠色の瞳であった。
神の采配を受け、この世を治める義務を担う、王家直系を示すこの瞳は、私が小さい頃から自らを律し、高みを目指す要因にもなっていた。
父は、不幸だったのだ。私と、同じ人生を父も歩んできたはずだった。
敵方に討たれ、神の証をなくしたようだった。
後で、私は調べた。父は死ぬ事で、初めて普通のひとになれたのであると。
――それでも、いい。
誰しも、口々に言った。
『貴女様ならば、この国を繁栄へと導くお方へと確かに成り得ましょう』
『その瞳、その御髪が何よりの証、貴女は神に愛されたお方』
そのたびに、私は特別であるのだと思った。
私は、誇りで出来ているような女だ。
けれど、それに見合うものを何も知らない。
何故であろうか。
私は、誰よりも高みにいる人間のはずだ。
だから、私は今ここを歩いているのではないのだろうか。
着飾られた私は、その意味さえ未だ分からぬまま進む。
背負うものは、すべて私の中に。
そうして、私の往く道筋が示されたのだ。
通いなれた回廊と、かつて父が通った道は、いかほどの重みを持って今の私に圧し掛かるものなのだろう。
大理石の回廊に、私の鼓動と相成っていく、反射の音がいつもよりも大きく感じられた。
父が死んでも、私は泣かなかった。これからも泣く事はないだろう。
そんな事は許されないからだ。
扉の前に立つは、私だ。
――長かった。本当に。


私自身は、誇りで出来ているような女だ。
こうでしか、私は生きられない。

「ティファ様」
「ええ、いくわ」

この瞳の光が私に宿る限りに。


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