群青よ赤くもゆる

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  群青よ赤くもゆる  

麗な秋風が舞い降りるのと、あの人が今日も私の前を横切って去るのはほぼ同時だったように思う。
その度に私の心に、小さい棘が突き刺さるかのように鈍い痛みが次第に広がる。そして、罪悪感。
幸せだ、そう思ったことは一度としてない。酷く現実離れした彼という存在と、現実に染まって抜け出せない私という人間。
この気持ちの意味が、未だよく分からない。
分かろうとした事は、きっとないのかもしれない。
それでもと、掻き立てられるように目に止まり、その度に私自身が酷く喜ぶ。それに対して自身は冷静、ともとれた。

校舎の裏影であの人が何をしているのか、という事は既に承知の事実だった。
教室の隅で、夕闇にまどろんでいようかと気分を誤魔化していて、気分は妙な興奮と背徳感で一杯だった。私を、世界の中心に回してみるとする。そうすると回りの夕日が私を攻め立てるかのように照らしてくる。
そんな気がするほどに私の心臓は今、早鐘を打っている。
そんな風に思える。
今日もまた私は、『彼』の姿を見つけた。
私がどんな表情をしているかは、分からない。
きっと、いつも通り感情に皮をかぶせて、人間じゃない何か違う化け物になっているのかもしれない。
きっと係わり合いになるという空気の交わりのようなものを厭うのであると私は考える。




校舎から見える紅にも似た、炎にも似た暁の光が無機質に輝きだしていた。
それに相成るかのように感情を灯さない私の足の動きは、光に誘われるかのように外へ向かおうとしていた。
外、その感覚は私にとってはただの温度でしかなかった。滑るように風が流れ、まるで私の髪を凪いでいくかのように私へ帰結する。それに酷く安心感を覚えながら私は土を踏んだ。

前を彼が歩いていた。
冷たい風が彼の背中から撫で付けられるかのように吹く。柔らかだった。
その風を一身に受けながら私は背を丸めながら歩いていく。小金色の葉が伝う木々から零れ落ちる。ふと目に留めながら季節が秋であるのだと気が付いた。
ずっと私はどこか違う世界に閉じこもっていた気がするのだった。それは彼の世界に引き込まれていたからなのだと私は思う。
それはいかなる意味を持つのか、分からぬ私ではないと断言できる。
そして、彼の秘密を知っているのも、きっと自分だけだったと自分の中で肯定できるのだ。

それが、私の自信であったのだった。
彼を、受け入れているのだと。







光の影に色どられた道を歩んだ。
それは短いようであり、一瞬の輝きだった。
彼の背中を追えば、胸が高鳴った。
陽光が差すかのように世界は彩りを増した。



『彼ね、悪い事、してるんだって』



靴音が立たないように彼の背中を追った。
土を踏む音でさえ煩わしい。
かつては、見えない背中だった。
見えてはならなかった。
私がまだ背徳に打ちひしがれていたころ。
俯いた私の頬に、私の黒髪があたった。そこから侵食するように私の気持ちに翳りをさした。
鋭利な刃物が冷たく誘うようにそっとそれはやってくるのだった。
許されない事、酷く魅力を覚えるそれ。

気が付いたら、それを纏い佇む彼を追っていた。


「彼ね、自分で自分、傷つけてるん、だって・・・」


私の口から汚い言葉があふれ出た。
私は、どうなってしまったのだろうか。自問した答えは誰かの温もりで返して欲しかった。
帰りたくなっていた。
自分でどうしようもない存在、この気持ち、この矛盾、否定、肯定、愛、伝えたい、
立ち止まった。
息を吸った。
今日こそ、何か。



彼は止まらない。
薄暗い校舎の裏側へ向かっていく。


『彼、タバコすってるらしいよ』


私は今、どんな顔をしているのだろうか。
私は、何を求めているのだろうか。
早鐘を打つ私の心臓がそれに応えるかのように呼応した。昂ぶる激情がそれに伴い、流れていった。
長く彼を見つめ、最近私が得たものだった。
しかしそれは彼に与えられたものではないと私は分かっていた。

私は再び歩き出した。
かの光は、何処、私は投げかける質問に確かな意思を残した。

結局は、私の自己満足なのかもしれない。彼を知った気で要るだけなのかもしれない。
仕方がないのだ。
再び世界は翳りを見せた。
私だけの世界に閉じ込められるのだ。
立ち止まり、あまりの闇に愕然とするだけなのだ。どうしようもない自分という器に不条理を覚えながらも、どうしようもない彼への気持ちと格闘した。
どこまで私は堕ちていくのだろうか。

そして私は今更ながら、現実という残酷さを目の前に突きつけられているのだと知った。
地に足をつけて立っていた。
彼を見つけていたのだ。


ついに彼は立ち止まった。
校舎に背を向けて、何者も受け入れない孤独の高潔を示して。
麗の風が吹こうとも彼を動かす事は出来ない。
私は動かない。
ただ見ていた。

火がついた。
背徳の輝きがするのだと思った。
その味を占めてしまった私と彼は同じなのだろうか。

赤く、燃えている。
そう、例えるならばあれは赤なのだ。

私の燃え上がる赤は、白に近い赤なのか、黒に近い、彼に染まっていった赤なのか。
答える者はいまだない。
大事なものは、近くにおいて見たいものだ。
大事なものほど。
大事な人ほど。
手に入れたい人ほど。

立ち止まれないくらい欲しているほど。

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